アメリカ感謝際の由来

皆さんこんにちは!

昨日はサンクスギビングディナーについてご紹介しました。

今日はサンクスギビングの由来についてご紹介したいと思います。

現在のアメリカでは家族が集まり伝統料理を食べる、日本で言うとお正月のようなものですとお話をしました。

今回はどのようにアメリカでサンクスギビングがお祝いされるようになったかのかお話をしたいと思います。

アメリカで一般的に話され、小学校でも習うものがこちら。

イギリスから今のアメリカ、マサチューセッツ州のプリマス植民地に入植したピルグリムファーザーズと呼ばれる団体が秋の収穫を記念しお祝いした行事であると一般的に信じられています。

ピルグリムがプリマスに到着したのは1621年の冬、その年の冬は大変厳しく、大勢の死者を出したと言われています。

ですが、近隣に居住していたインディアンのワンパノアグ族の助けにより生き延びることができました。

その翌年翌1622年の秋には、インディアン達の助けもあり、とりわけ収穫が多かったため、ピルグリムファーザーズは近隣のインディアン、ワンパノアグ族を招いて、神の恵みに感謝して共にご馳走をいただいたのが始まりであるとされる。

ちなみに下の写真が入植当時の生活を再現した野外博物館プリマス・プランテーションです。

プリマスプラテーション

これはあくまでも一般的に学校で習うことで、現在はお話として話されていますが、実際のところ誰もこの暖かいお話を信じている人はいないと思います。

実際には1621年にマサチューセッツ州のプリマスにピルグリムファーザーズが入植した時点ではアメリカのニューイングランド周辺に住んでいたインディアン(ネイティブアメリカン)の90%は病気により死亡していました。と言うのも、1492年にコロンブスがアメリカへやってきた際にそれまでアメリカ大陸内には存在していなかったインフルエンザやその他の病原菌が持ち込まれ、それらに抵抗力を持っていなかったネイティブアメリカン達が死亡してしまったのが理由とされています。

そのため、ピルグリムファーザーズが入植した時には無人の状態だったネイティブアメリカンの村に残されていた住居や日用品を使う事で厳しい冬を乗り越える事が出来たと言うことです。

その後もネイティブアメリカンと交流したのではなく、ワンパノアグ族インディアンらを虐殺しながらの入植を進め、プリマス植民地を形成したということです。

では、なぜ実はとは異なった暖かいいい話が話されているのかというと...

マサチューセッツ植民地を統治していたウィンスロップという人がアメリカにはネイティブアメリカンとの間の戦争や虐殺、略奪という暗い歴史しか無いため、「明るい話を広めよう」と使われたのがこの話だと言われています。

 また、18世紀と19世紀の期間にはサンクスギビングを祝う週間はなかった。それを復活させ新たな役割を与えようと考えたのが第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンと言われています。

それはちょうど南北戦争終結後、父と息子が南軍・北軍に別れて互いに戦うほど悲惨であった戦争の終結後、リンカーンは国内の融和を図り国家としての団結を取り戻すためにサンクスギビングをアメリカの休日と定めて家族の集まる祝日とした。

この試みが成功し、サンクスギビングは単なる「大型連休」と言うだけでなく、遠く離れた家族・親戚が集まり、絆を深め合うアメリカの伝統として根付いたということです。

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